葛藤だらけで他人軸だった私から自信を取り戻したサキのプロフィール

初めまして!
サキです。



私は、現在幸せを繋ぐトレーナーとして、心理カウンセラー&イメージトレーニングトレーナーとして活動しています。


具体的にはグループセッションをしたり、オンラインサロンを運営したりしています。


兵庫県在住、主人と夫婦二人暮らししています。
主人とは、2020年現在で結婚10年目になります。
今でも手を繋いでお出掛けをしたり、いまだに恋人同士のように仲が良いです!


大好きな懸賞を続けて14年目になります。
懸賞では、イメージトレーニングを使って、2年で計7回海外旅行当選しました!
懸賞当選金額は総額1,000万円を超えます。


今は大好きなことをしながら、大好きな人と一緒に人生を楽しんでいます!


そんな私ですが過去は、

  • 自己肯定感が低い
  • 他人の意見に左右されがち
  • 気分も上がったり下がったり
  • 恋愛も仕事もうまくいかない

など、人生うまくいっておらず、幸せになりた~い!!と思っていました。


自分に自信を取り戻し、人生は劇的に変化しました。
今、とても幸せです。


ここでは、そんな私の生い立ちや今までの人生を振り返りながら、私がどんな信念を持って自分と向き合っているのか、どんな目標を描いているのかを綴っていきます。

合計6回の転校。引っ越し先で・・・

今となっては、「初めから今のように自分の意思を他人に伝えれたんですか?」と聞かれるようになりましたが、過去の私はそんなことはありませんでした。

今とは正反対の性格で、他人の顔色を伺いながら自分を出さずに生きてきました。

私を形成した原点は、幼少期にあります。
父は自分の気に入らないことがあると気が狂ったかのように発狂し、椅子など家中のものを投げまくり、母はよく泣いていました。

今では、両親にとても感謝の気持ちでいっぱいですが、当時の両親は荒れていました。

子供だった私は「お母さんにこれ以上、大変な思いをさせてはいけない」「私はいい子でいなければいけない、我慢しなければならない」と思い、本当は母に優しく構ってもらいたかったけどいい子であろうとしました。

両親の顔色を伺っていた私は、学校でも他人の顔色を伺うようになりました。

父の仕事の転勤を機に、転校をしたのですが、周りと子と仲良くなるのに苦労しました。

女子のグループも嫌いで、私と友達2人でいることが多かったです。
でも、友達が休んだ日は私は独りぼっちでした。

一人だと思われるのも恥ずかしくて、頑張って話しかけたりもしました。

方言を使って喋った時に、「え?」と言われて立ち去られたという出来事があり、今となっては出来事に意味はなかったのかもしれないのですが、当時の私は拒絶されたと思い込んで、誰かと話をするのが怖くなっていきました。


どんどん自分を押し殺すようになり、本当に心を許した友達以外は、ほぼほぼ誰とも喋らなくなっていきました。

他人を目の前にすると、喉が詰まってしまって

「本当はみんなとお喋りしたいのに、声が出ない」「本当はみんなと仲良くしたいのに、寂しい」という気持ちでいっぱいでした。

恐怖と孤独でいっぱいで、周りの顔色を伺いながら目立たないようにひっそりと生きていく人生が続きました。

そうやって周りからの反応が怖いから、人と距離を保ちながら一人からの中に閉じこもっていました。極端に他人の反応を恐れるようになっていきました。

それは、決して親や周りのせいではなくて、「私はこういう人間だから仕方ない」「これが私なんだ」と思い込んだからでした。

「このまま周りの顔色を伺いながら生きていくの?」

中3の夏、両親・妹たちと離れて中3から福岡の祖父と祖母の家で暮らすことになりました。高校まで転校するのは大変だからです。

中学生になっても、顔色を伺う人生が続いていました。

しかし、性格が激しすぎる強烈なおばあちゃんのおかげで、日に日に自己主張できるようになっていきました。

祖父と祖母の家に住んで4年弱。久しぶりに母に合うと「あのおばあちゃんに言い返せるなんて、あんたは本当に強い」と言われるまでになっていました。

また、私は中学生からアイドルの追っかけをするようになり、全国各地に同じ趣味の友達を作るまでになりました。

一人で飛行機や新幹線に乗ったり、ホテルをとったりと、全国飛び回るまでに行動力がつきました。

毎日が楽しくて、楽しくてという状態になりました。

しかし、高校生活だけは楽しくはありませんでした。

勉強も運動も苦手で、グループ行動も相変わらず苦手でした。


体育の授業になると、リーダー数名が運動神経のいい人順に選んでいくというスタンスでした。運動神経が悪かった私は、いつも最後まで選ばれずに残りました。

私は傷ついてないふりをするのも、平気な振りをするのもどんどんうまくなりました。

先生は「修学旅行で、誰が一番スキーが下手だった?」とクラスのみんなに聞くと、全員でみんなが振り返って私の顔を見ました。

修学旅行のスキーでは、誰にもついていけなくてずっと一人ぼっちで滑りました。

本当は、みんなと楽しくしたかったのですが、いつも平気な振りをしていました。

また私は校則や規則に厳しい先生に対して、「なんで、言うこと聞かなきゃいけないんだろう」「早く大人になりたい」「誰からも指図されたくない」と思っていました。

19歳。100万持って、彼氏を追っかけて関西に移住・・・

当時付き合っていた彼氏が関西に就職が決まりました。


私は、父に彼氏に付いていってもいいかを尋ねました。100万円貯めたら、行っていいと許してもらえたので、100万円貯めて関西に引っ越しました。

彼氏と同棲生活が始まったのですが、相変わらずアイドルの追っかけを続けていた私は数週間、家を空けることがよくありました。

お互いすれ違っていき、別れる事を決めました!

同棲中は彼氏に頼って生活してきたので、仕事をすることにしました。
というか、多分アルバイトで働いていたと思うけど、全国飛び回っていた記憶しかない(笑)


高校生の頃から、追っかけ代(コンサート代)を稼ぐのに夏休みも、冬休みも、普段も常にバイトしていました。



引っ越し代をとっとと稼いで、引っ越そうと決意!!

夜の世界へ。職種は違えど、実は今の活動に似ていたという事実

私は、それまで与えられた仕事だけをこなすという働き方のスタイルでした。

しかし、徐々にそれを「自分で工夫して稼ぐ」ということを考えるようになったのが、キャバクラで働いた4年間でした。

考えたりするようになったのは、1年以上経過した後のことですが・・・。

短期間で、まとまったお金が得れるというなんとも単純な理由で、20歳で夜の世界に行きました(笑)

「いくら稼ぎたいの?」と聞かれて「10万くらいですかね?」と答えていたくらい本当によく分かってなかった。

でも、そんな田舎感丸出しの私でした。

当時の私はみんなと違って

  • 髪は巻かずにまっすぐなロングストレート
  • 特に何も考えず、自分が楽しいと思う日常会話をシェア
  • 相手のことはこちらから聞かない

という感じでした。考えてそうしたわけではなくて、本当に何も考えていませんでした(笑)

ですがこれが「今どきの子って苦手だから、君みたいなコがいて安心したよ」とか「嫌々上司に連れてこられたんだけど、楽しかった」とか、「他の子みたいにガンガンよいしょしたりしないんだね」と入店初日からたくさんの指名をもらいはじめ、ほとんどフリーの席は座らなくてよくなっていきました。

初の給料は40万円でしたので、小さなマンションの一室に引っ越しもしました。

また私を指名してくれる紳士な方は「お酒も苦手なら飲まなくていいよ」と言ってくれる方が多くて、私はたくさんの人と関わらず、自分のことをいいと思ってくれる人とだけ時間を共有出来るようになりました。

今思えば私のとこに来てくださる方は、色恋より「安心感」を得たい、ほっとしたいとかいうのが大きかった気がします。

それって、職種は違えど今やっている活動と似ている気がします。

可愛い子フェチの私・・・

元々、可愛い子フェチの私だったので可愛い子たちを見るのは本当に楽しかったです笑

芸能人のような顔立ちの子たちや、スタイル抜群の女子たち。
私もいい刺激を受けて、スポーツジムに通い始めました笑

指名のお客さんが日替わりで来てくれたし、友達も出来て楽しくやっていたのですが・・・

女の子が急に減って、指名してくれるお客さんが来ていてもフリーの席を回るという事になるときは嫌なこともありました。

夜働くとメンタル強くなるか、打たれて弱くなるかのどっちかだと思います笑

フリーで来るお客さんは、女の子に「君は、このお店だと(その人基準の外見の順位)何番目だね」とか「君、○○が惜しいね(体の一部など)」とか「君、タイプじゃない」とかスバズバ言う方もいました。

更衣室で泣いている女の子も見たりしたし、どんどんストレスで太っていく子とかもいました。

私は、ますます打たれ強くなり笑
聞流すのがその頃うまかったです。

毎日毎日接客してきて男性も女性と大して変わらないと、なんとなくわかった気がしました。

女も男も関係なく、ただただ認められたい人が多いんだなと思いました。

私は、みんながホメるであろうことも自分がいいと思わないと口に出さない性格でした。当時から今も変わっていません。

お世辞が大嫌いなんです。

思ってもないことを口には出せない笑

だから恐らくヨイショされに来たお客さんから「女の子たちは皆このネクタイを褒めてくれたよ(ブランドものの)」とか、褒めてほしいのかな?と思うことも
「そうなんですね」と答えていました笑

悪気があったわけではなくて、思わないことは口に出さないだけ。

これは今も同じで「さきさんは、すごいと思ったときにしか口に出さないから、本当にそうなんだ、そう思っているんだって、信頼出来ます」と言われたことがあったのですが、

当時からそのスタンスは同じでした。

思ってもないことを言ってヨイショするとか大嫌いなんですよね。

だから、「お酒飲めよ」と上から目線でフリーのお客さんに言われたときは、
「ごめんなさい、お酒飲めないんですよね」と思ったことをさらりと口に出し、「はぁ!?」ってなったことがありました。

これも悪気なく、思ったことを口に出しただけだったから怒り出したことに、めっちゃびっくりした笑

そんな感じで、いいも悪いもなく大人になってからは自分の思いも、率直に人に伝えれるようになっていきました。

一見当時の私のメンタルは安定しているように見えますが、見えるだけです笑
誰かに依存して生きる生き方は変わっていませんでした。

携帯を投げ出し、大泣きする

キャバクラで数年働くようになって、毎日毎日週5,6で働いていたのですがあるとき、女の子の在籍が少なくて「休んだらダメ」と言われるようになり、「嫌だ!絶対休む!」と言い張っていたのですが、激務になっていきました・・・。

肺炎にかかり、私は携帯を投げてワンワン大泣きしました笑
時間のゆとりが減り、心の余裕もなくなっていました。

そんな時、本当にいつも紳士なお客さんが「連絡はしなくていいからね。」と言ってくれた一言に私は本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

また、同じお店で働く女友達から「しんどかったら、何でも買っていくから言ってや」とメールがあり、心が落ち着きました。

私はいつも人に支えられて生きてきました。

私はいつも自分とは違うタイプの人間に憧れていた

当時の私はいつも色んなお店の女の子に憧れていました。
特に一番憧れていたのは友人でした。

いつもなんでもそつなくこなすんです。
何でも出来て、テキパキしていて、カッコイイ女性。

あんな風になれたらいいのにと当時、思っていました。
それを友人に伝えると「私だって同じことを思っていたよ」と話してくれてびっくりしました。

人は、自分が持ってないものに惹かれるんだなぁって当時、思いました。
たんに自分が当時自分に自信がないのもあったのかも知れませんが。

辞めるまでの1年間ランキング1位をキープし続ける

仕事に対してはめっちゃ真面目に取り組み、毎日マメにお客さんに連絡をして、毎日働きまくり、毎日来てくれる方もいてくれたおかげで、ランキング1位をキープし給料もうんともらえるようになりました。

それは、ずっとお店でNO1だった友達を近くでみてきたおかげです。
ちなみに、友達がお店を去った後の話し笑

やっぱり、一緒に過ごす人って自分に影響を与えてくれますね。

そんな感じで仕事は順調だったのですが、恋愛はことごとくうまくいきませんでした。当時の彼氏と、よく喧嘩もしてました。

そして、私は当時とても「浮気をされるんじゃないか」って心配でいっぱいでした。相手が誰だとしても信用できなかったです。

心が安心する日はありませんでした。

また、夜働いていて給料を十分もらっていたのに、散財が半端なかったです。
いつも、その月に給料を使い切っていました。

引っ越しも、よくしていたのですがモノも多く、思考もごちゃごちゃしていました。

勤務中や、フィットネスクラブで集中して身体を動かしている時は、心は穏やかでしたが、恋愛のことを考え出すと、不安になり頭の中のお喋りが止まることはありませんでした・・・

人生で初めて、ありのままの自分を愛するが腑に落ちた日

何年たっても同じように恋愛の事で悩んでいました。
ずっとそう思っていました。

が、違ったんです。

自分を愛せなくて悩んでいたという事にようやく気が付きました。

「私はいつも誰かに愛されようとしていたけど、そもそも自分が自分を愛してないのでは?」と自分に問いかけました。

すると「私が自分のことを好きなのは、いくつかあるけど、自分の嫌いな面もいくつもあった」ということに気が付きました。

私が私を愛さなくて、どうするんだろう、じゃあ私は自分の嫌いと思っていた部分も全部ひっくるめて自分の事大事にする!!って決断した日でした。

その日から少しずつ、私の行動が変わっていきました。

結婚=幸せではなかった・・・

大好きな人に片思いし、ようやく恋が実ってその後はとんとん拍子で結婚が決まりました。

結婚したら、安心、不安が消えると思っていたのですが、解消されませんでした。

むしろ、変わらず夫に対して、心から信用できず浮気されるんじゃないかと不安でした。

常に心は不安な状態でした。

主人はまっすぐ家に帰ってくる人でしたが、状況がどうとかではなく、ただ不安の渦が大きくて、疲れていました。

主人はストレートに「愛しているよ」と伝えてくれる人でしたが、いつか私を裏切るにい違いないと、信用していませんでした。

また、結婚してからコールセンターで働きだしたのですが、よくお客さんから怒られ、上司から怒られ、負のスパイラルに入りました。

主人に対しても、イライラすることが多々ありました。

私、自分の事愛せたと思っていたのに、どういうことなの?ってなりました。

そう、以前に比べたら自分を大事に出来るようになってきたというだけで、
ありのままの自分を愛せてはいなかったんです。

以前よりはマシになったというレベルくらいのものだったんです。だから、いつも同じように葛藤を起こして、同じように悩んでいました。

人生で初めて徹底的に向き合い始めた

私は、ミランダカーが大好きになってからミランダカーの考えを真似し始めました。ミランダが読んだという本を(日本語に翻訳されているやつ)片っ端から読み漁り、考え方を真似していきました。

実践できそうなことを自分なりに考え、片っ端から実験していきました。

すると、1ヶ月経たないくらいで人生が劇的に変化しました。

  • 嫌いだと思っていた上司二人を許すことが出来た
  • 毎日関わっていた、上司二人と関わることすらなくなった
  • 苦手な同僚と関わることがなくなった
  • 自分で気分を選べるようになった
  • お客さんから怒られなくなり、むしろ感謝されることが増えた
  • 時給+歩合だった給料が一気に上がった
  • 懸賞を何年もしていたが、海外旅行当選はなかったのに、マウイ島の無料モニター当選
  • こうなったらいいなと思っていたこと、願いが叶うスピードが早くなった
  • 毎日特別なことがなくても、満たされていると思える状態になった
  • 他人の言葉でイライラすることがなくなった
  • 浮気の心配をすることがなくなった

そんな感じで、もうびっくりするほど変化して、その時期意識がふわふわしていました笑

ここまで短期間で変化したのは、働いていた5時間以外、毎日朝から晩までどっぷり心理学にハマったおかげだと思います。もう、心のことを知るのが楽しくて、自分と向き合うのが楽しくて、楽しくて、変化していく思考にワクワクしていました。

自分と向き合ったら、結果夫婦仲が改善された!!

私は自分だけに集中して自分と向き合うことに取り組んでいたので、誰がどうとか考えている時間はありませんでした。

過去はあの人がどうとかこの人がどうとか意識が他人にあったのですが、自分に集中できるようになり、結果、めっちゃ変化しました。

夫婦仲も今まで以上によくなり、信頼と愛情だけに変わりました。
それまで、夫に対して憎しみ、怒りの感情も持っていたので。

私は人生が好転した後、本格的にもっと心理学が知りたいってなって、主人も誘ってますます心理学にどっぷりハマっていきました笑

初対面の人から「さきさん絶対好きだと思う」と渡された本が「幸せの真実」

偶然(必然!)行ったネイルサロンで、心の話しになりネイリストさんが
「さきさん絶対好きだと思う」とごそごそ何やら探し出して「幸せの真実」という絵本を渡されました。

それを読んで、愛ある本に素晴らしい!!と感動しました。
その後、「ちっちゃいおっちゃん」という本を読み、「私が今までやってきたのは、こういう事だったのか!」と私の人生が変わった謎が解けてワクワクしました。

そして、主人に「面白い!!」と本の事を話して、一緒に尾崎里美ねえやんの講座を受け初めました。

心理学やイメージトレーニングの面白さにますますハマり、夫婦で心やイメトレについて話すことも増えました。

心が豊かになる、おすすめの本。もっと自分らしく生きれる!

私は、唯一無二の存在だから、同じとこで止まっていられない!

私は自分のことを愛せてなかったと気づいた日から、日々アメブロでブログを書き続けました。

「さきちゃんのブログ面白い」「癒された」と友達や、読者さんから言ってもらえるようになり、仕事に出来たらいいのにと考えるようになりました。

しかし、自分にはスキルもないし、無理かもしれないと思っていたのですが、
読者さんが脱サラしたのを目の当たりにして、私も出来るかも?って始めることにしました。

それまで、自分は雇われるしか出来ないと長年思っていたのですが、それはただの自分への恐れと思い込みでした。

「常に前進」学んで終わりじゃなく、常にバージョンアップする

子供たちに教えたい!!というよりまずは大人に伝えたいと思っていたので、長年知っていたのに受講しなかったのですが、一番長く通えるコースだったので、師匠の下で、主人と1年間参加しました。※現在、2020年も卒業生トレーナーコースに主人と参加しています。

参加し続けているおかげで、自分も私の6ヶ月の集中「人生創造リプログラミング」のメンバーに活かすことが出来ました!!

これからも尊敬する師匠の下で学び、吸収し自分を高めていきます!!

心が豊かになるだけで、世界がキラキラと輝いて見える

私がアメブロの時から発信し始めた理由は

幸せとは自分の心の状態だと知ったからです。

心が豊かになると、世界が輝いて見えるって知ってしまったからです。

過去の私は、無意識でしたが悲劇のヒロインで、被害者意識がハンパなかったです。だからこそ、他人のココロの葛藤も分かるし、隠していても、分かる笑

そして、「私って可哀そう」と自分を憐れむことが自分でまた苦しい現実を創っていました。

人生は、自分次第で肯定的に創れる!!

この世の中は、99.9%心の投影なんだと身を持って知りました。

これを伝えないなんて、知らないと人生もったいない!と思ったシェアし続けています。

また、誰かに認められたかったという自分自身を認め、自分に自信を持ち、
自分の欠点までも愛せたことで、心が軽やかになったからです。

今まで私は外に幸せを追い求めてきたけど、
幸せとは既にあるものだったんだと気づいたからです。

過去は○○がないと不幸せと思っていた私でしたが、幸せに条件はありませんでした。

自分が自分を愛することで、この世の中の平和に繋がっていきます。

自分が自分を愛すると、例えば子を持つお母さんなら子供はお母さんを見て「自分を愛していいんだ」って知ります。

お母さんとお子さんが幸せならパパさんにも繋がります。

実際、私の離れて暮らしている家族もそうでした。

一人一人が愛で満たされていると平和しかありません。

幸せというのは伝染します、あなたにも。

私もこれからも日々前進して、常に変化し続けます。

これからも愛を込めて記事を書いていきます。
私の葛藤だらけだった人生が、あなたの背中を押すキッカケになれたら嬉しく思います。

長いのに、最後まで読んでくれてありがとうございました。

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